2010年・3月7日、
イタリア、ナポリの郊外にある
世界遺産のポンペイの遺跡を旅しました。
こちらへは先日のアマルフィへの休暇中、
郊外への半日旅行として訪れました。
今回はその 「ポンペイの遺跡」 の様子と、
ガイドブックには掲載されていない情報など、
併せてお伝え致します。
西暦79年、ベズビオ火山の大噴火で火山灰に埋もれた
イタリア南部の古代都市 “ポンペイ”
この遺跡は1997年に、
ユネスコの世界遺産に登録されました。
ここはかつて人口約2万人の古代都市、
ポンペイは西暦79年のベズビオ火山大噴火で一夜にして、
砂の中に埋もれました。
その後ポンペイは1748年に再発見されるまで、
約1700年間の長い時を、
砂に埋もれたまま過ごしたのです。
今回はイタリア人の専任ガイドさんにお供いただき、
英語で案内していただきました。
以下は、
専任の現地ガイドさんに案内していただいた内容です。
まずはマリーナ門 (遺跡への入り口) を入り、
坂道を登ってこの門をくぐり抜けて遺跡の内部へ。
坂道を登り切った場所に
Foro(フォロ)公共広場 があります。
ここは政治・経済・宗教の中心だった場所。
ベスビオ山を背に向け、
ジュピターの神殿が建ち並びます。
北側にはコリント式の円柱が残る
Tempio Apollo (アポロの神殿) が見事に残っています。
ここでは裁判や商業の取引などが行われていたそうです。
Via dell' Abbondanza (アッボンダンツァ通り)
ここはかつて、ポンペイの町の繁華街、
メインストリートだった場所。
通りの至る場所には、
これらのような “石” が置かれています。
これはいわゆる 「横断歩道」 で、
雨が降った際、水溜りとなるため、
それを避けて、向こう側に渡るためなのだそうです。
通りには排水溝も設けられていました。
そしてこちらは公共のトイレ跡。
当時のトイレは個人用専用ではなく、
みんなが共に用をたしたのだそう。
ガイドさんによれば、この公共トイレは当時、
ある意味での社交場でもあったそうです。
トイレの部分の下には水が流れ、
既に自然式・水洗トイレでした。
恐るべき文明です。
こちらの写真、これらはすべて商店でした。
これはなんと、商店の戸(スライディング・ドアー)の跡。
日本のふすまや障子の要領で、
「戸」を横に左右にスライドさせて閉める
スライディング・ドアーであった事がうかがえるのだそうです!
こちらは古代ローマ人達の 「バール 」 (バー) だった場所。
テーブルの、
穴が開いている部分にワインの入った容器を
入れて置いていたのだそう。
日本ではまだ “弥生時代” だった頃、
古代ローマ人たちは酒場でワインを楽しみながら、
談笑していたと考えられます。
近くにはパン屋さん。
パンを焼いていたオーブンが、そのままの形で残っています。
これらの彼らの生活ぶりを辿ってみても、
古代ローマ人達がいかに
自分たちの毎日の生活と娯楽を楽しみ、
素晴らしい文明を築いていたかがうかがえます。
次回、「ポンペイの遺跡2.」 へと続きます。
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